心理学者アドラーの本『嫌われる勇気』の名言集・要約

『嫌われる勇気』は一時期かなり話題になりましたよね。ドラマとして実写化されたりもしました。

僕もこの本を読んで、それまでの考え方が少し変わった人間の1人でもあります。

そこで今回は、『嫌われる勇気』に登場する名言を紹介しながら、僕なりの解釈をお話ししていきます。

 

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人は主観的な世界に住んでいる

人は誰しも、客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味づけをほどこした主観的な世界に住んでいます

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

確かに世界中の人全員が同じ地球に住んでいて、事件などの影響を共有しているように見えるけれど、全く関与しない事件や出来事も多数あります。というより、ほとんどの出来事を知らないままで人間は死んでいきます。ただ自分の目の前に見える世界だけで生活している人間は、主観的な世界に住んでいるにすぎないのかもしれません。

 

 

自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

問題は「なにがあったか」ではなく、「どう解釈したか」である

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

ジュースをこぼしてしまったときに、「服が汚れたからクリーニングに出さなければ」と思う人もいれば「コップが割れなくてよかった」と思う人もいると思います。ジュースをこぼしてしまった自分を責め続ける人もいれば、今後は同じことをしないように気を付けようと考える人もいるはず。ある出来事・事件がプラスの出来事かマイナスの出来事かを分けるのは、自分の考え方1つなんだろうなあ。

 

過去の原因ではなく、現在の目的を考える

「AだからBできない」といっている人は、Aさえなければ、わたしは有能であり価値があるのだ、と言外に暗示している

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

僕も何かに挑戦して少し失敗してしまい、ふさぎ込んでしまうようなことがたまにあるが、「この失敗さえなければもっとうまくいったはず」という言い訳に過ぎないのかもしれないですね。「時間さえあれば○○に挑戦するねんけどなぁ」という人はかなり多いですけど、その時間を作れない時点でその人の本気度はかなり低いのでしょうね。

 

 

やるべきことを前にしながら「やれない理由」をあれこれとひねり出すのは苦しい生き方だ

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

僕は次の日の予定を前日の夜に決めています。でも次の日の天気が悪かったり、寝つきが悪かったりすると、「しんどいから今日は休みにしよ」と考えることがあります。マッサージ機に座りながらYouTubeを見ている時間・余裕はあるのに、前もって決めたブログ記事作成ができない理由はないはず。。。やり始めるまではしんどくても、一度取り掛かってしまえば案外楽なもんです。(やる気が出ない時の対処法はこちら

 

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「性格」ではなく「世界観」

性格という言葉には変えられないものだという悲観的なニュアンスがあるかもしれません。しかし、世界観であれば変容させていくことも可能でしょう

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

「自分の悲観的は性格が嫌いだ」「物事にまじめに向き合えない性格が嫌いだ」という人は結構多いと思います。でもそんなことで悩んでいたってしょうがない。おそらく悩みの原因は、その性格と一生付き合っていかなければいけないという感情だと思います。でも「悲観的な世界観で物事を見る癖がある」、「不真面目に物事を考える癖がある」という風に考え方を変えると、その癖を治していこうと前向きにとらえることが可能になります。

 

変われないのは、気づかない間に「変わらない」と決心しているから

あなたが変われないでいるのは、自らに対して「変わらない」という決心を下しているから

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

「○○がしたいなぁ」という願望を述べる人は多いです。でも実際にそれを行う人はかなり少ない。例えばダイエットなんてその代表格ですよね。

ダイエットをしようと思っていても、自分の心の奥底から思っていなければどこかで「まあ今日くらいはいいか」という甘えが出てしまいます。というかこれが甘えなのかどうかも分かりません。だって本気でダイエットしたいと思っていないんだから。

 

対人関係で傷つくのは当たり前

対人関係のなかで傷つかないなど、基本的にありえません。対人関係に踏み出せば大なり小なり傷つくものだし、あなたも他の誰かを傷つけている

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

僕はあまり積極的に対人関係を築こうとするタイプではありません。一度仲よくなった人とは長いですけどね。

でもそんな友人との付き合いでもたまに嫌気がさすことがあります。それは普段の何気ない一言などで腹が立ったり、逆に傷つけたんじゃないかと悩んだりすることがあるからです。でも他人と付き合っていく以上、一切傷つけないなんてことはあり得ません。だったらもっと思い切って対人関係を築いていくのもありかもしれません。

 

自らの劣等感をある種の言い訳に使い始めると、それはもう劣等感ではない

劣等コンプレックスとは、自らの劣等感をある種の言い訳に使いはじめた状態のこと

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

「俺は○○だから、できなくても仕方がないんだ」なんて風に考えだしたら、もうキリがありません。その与えられた条件の中で、どれだけいい結果を残せるかが重要なのであって、与えられた条件に文句を言っている暇はない。

 

人生は他人との競争ではない

誰とも競争することなく、ただ前を向いて歩いていけばいい

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

対人関係の軸に「競争」があると、人は対人関係の悩みから逃れられず、不幸から逃れることができません

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

他者の幸福を「わたしの負け」であるかのようにとらえているから、祝福できない

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

人々はわたしの仲間なのだ

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

そもそも人それぞれの価値観があって、戦うフィールドが違うはず。同じ土俵で戦っている人なんて、本来ならばいないはずなんです。

でも日本ではとりあえず大学、とりあえず就職という王道ルートみたいなレールが敷かれています。その先に行きつく土俵は当然同じ。そりゃそうです、同じ道を歩まされているのだから。そして同じ土俵で戦うことを強いられた結果、その土俵の中で戦って勝とうとします。

本当は自分だけのフィールドを探して、そこで自分なりの道を極めればいいはずなのに。

 

すぐにイライラしてしまう人は怒り以外のコミュニケーションを知るべき

怒りっぽい人は、気が短いのではなく、怒り以外の有用なコミュニケーションツールがあることを知らない

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

たしかに言葉で説明すれば済む場面でも、わざとらしく怒ってみたり、嫌みを言ってみたりする人っていますよね。そういう人って普段から会話も下手な気がします(笑)

 

自分のなかで正しければ、他人がどう言おうと関係がない

あなたが正しいと思うなら、他人がどんな意見であれそこで完結するべき話

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

自分の中にある正解や、自分なりの考えをオープンにしていくと、どうしてもそれに反発する人や批判する人がでてきます。でもそんな人たちに批判されたところで、自分の考え方が変わるわけではありません。自分の考え方が変わったようにみせてしまうと、それこそ自分が疲れてしまいます。だから自分なりの考えを批判されたら、「そういう考え方の人もいるんだな」ということで無視しちゃいましょう。

 

人間は誰一人として他人の期待を満たすために生きてはいない

われわれは「他者の期待を満たすために生きているのではない」

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

他者もまた「あなたの期待を満たすために生きているのではない」

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

他者がわたしになにをしてくれるかではなく、わたしが他者に何をできるかを考え、実践していきたい

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

他者が「なにをしたか」で判断せず、そこに存在していること、それ自体を喜び、感謝の言葉をかけていく

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

日本で生まれ育つと、周りの人に合わせることが美徳だと思いがちです。そんな人たちが他人の期待を満たすために生きることはある意味当然かもしれません。親の言うことを聞いて安心させる。教師の言うことを聞いて迷惑をかけないようにする。友だちの輪を乱さないように、自分の考えを封じ込める。でもそうやって手にした場所って、本当に心地よい場所ですかね?

 

自分の課題と他人の課題を分離する

「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく必要がある

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?」

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

普段生活していると、「ここはもっとこうしたほうがいいのにな」なんて思うことが多々ありますが、それを指摘しようがしまいが結局はその人次第です。さすがに相手から相談されたら真摯になって考える必要がありそうですが、特に何もないうちはそっとほっておくことも重要なのかもしれませんね。やっぱり自分で気づく場合と、人から指摘された場合では、問題解決に取り組むモチベーションが違います。

 

極端に言えば、他人から嫌われることこそが自由である

自由とは、他者から嫌われることである

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

他者から嫌われることといっても、自分とは合わない人間に嫌われることですからね。自由に生きていたって、周りの人すべてに嫌われるわけではないですからね。

 

 

その選択について他者がどのような評価を下すのか。これは他者の課題であって、あなたにはどうすることもできない話です

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

他人の目を気にすることなく、自分のやりたいようにやっていれば気持ちいいはずです。そんなあなたに対して他人がどう思うか、そんなことははっきり言ってどうでもいい話です。

 

対人関係の良しあしはすべて自分次第である

対人関係のカードは常に「わたし」が握っている

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

相手の態度や出方がどうであれ、あなたが好きな人であれば好き、嫌いな人であれば嫌い、それでいい。喧嘩別れした人がいたとしても、あなたがまた関係を戻したいと思うのであればまたあなたから声をかければいいんです。

 

どんな自分でもまず認めてあげることから始める

人は自分には価値があると思えたときにだけ勇気を持てる

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

自己受容とは、できない自分をありのままに受け入れ、できるようになるべく前に進んでいくこと

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを見分ける知恵とをさずけたまえ

出所:『スローターハウス5』

僕は基本的に自分の考えをもって、自分のやりたいようにやっているつもりですが、それでもたまに自分が嫌になることがあります。意志が弱いところとかね。でもなんだかんだ言って、自分の頭でいろいろ考えたうえで生活しているんですよ。だからそんな自分に自信をもって、やりたいことに挑戦していきたいなと思っています。

 

人生に「仮」などはない

過程そのものを結果とみなすような動き

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

「いま、ここ」もすでに本番なのです

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

これはみんなが一番意識しなければいけないポイントだと思います。日本では受験戦争が繰り広げられてきたので、何かのために今我慢するということが普通になってしまっています。その結果今はダメでもいつかよくなるだろうみたいな希望的観測になってしまいます。

じつは常に本番なんですよね。今日という日の今の時間はもう2度とやってこない。そして明日も生きているという保証はどこにもない。いつ死んでもおかしくないなかで、仮になんて生きている暇はないです。

 

まずは自分から始めなければいけない

世界とは他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変えられない

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく

出所:『嫌われる勇気』 岸見一郎・古賀史健著

集団のなかでバランスをとることばかり訓練されてきた僕たちは、周りから1つとびぬけることを非常に怖がります。でもやはり誰かがとびぬけなければ。後から人はついてきますよ、きっと。

 

まとめ

『嫌われる勇気』は非常に考えさせられる本でした。

僕としては、「自分に自信がある人=嫌われない生き方ができる人」だと思いました。

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