これまでの教育は先生が生徒に教え過ぎた。これからは「教えない教育」だ

僕は、現状の学校教育にかなりの問題意識を抱えてます。

周りと同じことしかしない。自分の頭で考えない。そんな人しか生み出していないですよね。このままでは、絶対に良い方向には進んでいかないでしょう。

なぜこんな風に、「先生が答えを準備して、それをただ暗記することが勉強である」とされるようになったのか。僕は高度経済成長と人口増加が原因にあると思っています。

どういうことか説明します。高度経済成長期に入り労働者の数が足らなくなってきた結果、もっと早く労働者を量産する必要が出てきますよね。また高度経済成長期における人口増加によって、従来の方法では増えた子どもたちを「さばけない」状態に陥ります。

その両方の問題を一気に解決する方法が、「子どもたちを【黙って言うことを聞く労働者】に育て上げる」ことだったんです。

その結果、「答えのある問題を暗記する訓練」をとにかくやらせるようになりました。【黙って言うことを聞く労働者】に必要な能力は、管理者から指示されたとおりに動くことだけですからね。自分の頭で考える力などは必要なかったのです。

当時はそれが最も合理的な判断だったのでしょうが、現在はそれほど子供の数もいません。むしろ学校の数が多すぎて希望すればだれでも大学に入ることができる時代です。

そんな時代に、従来の学校教育を続けていいはずがありません。絶対に変えなければいけません。

 

現状の教育における最大の問題点は「先生が答えを教え過ぎること」だと思っています。当時はこれが最も効率のいい教育方法だったのでしょう。管理者としては、指示したことを黙ってやってくれればいいんです。そのための訓練としては、答えを教えて暗記させることが最も簡単ですよね。

しかし先生がすぐに答えを教えてくれるから、子どもたちは自分で勉強しようとはしません。当然です。

「勉強はつまらないものだ」として、教師や親から教わっていますからね。つまらないことをやらなくて済むのであれば、だれもがそっちの道を選ぶでしょう。

 

では今後の教育はどのようにして変えていくのが望ましいのか。それは「子どもが自分の頭で考える機会を与え続ける」ことだと僕は思っています。

「どうしてそうなるのか?」「なぜ?」と考える機会が増えれば増えるほど、自分の頭で考える機会が増えていきます。

そして自分の頭で考える機会が増えていくと、今度は目の前の物事に対して一度疑うことを覚えます。「本当にそうなのか?」みたいな感じに。それによってさらに自分の頭で考える力を身につけることができるようになるのです。

 

他にも今後の教育で重視しなければいけない「力」を列挙していきます。

 

目次

 課題発見・解決力

まずは何が問題なのかを自分で考え、その問題をどうすれば解決できるのかまで考えられる必要があります。

 

自らの考えや意見を論理的に発信する力

どのようなアウトプットができるのかを考えたうえでインプットすれば、従来とは比べ物にならないほどの勉強効率が実現されます。

そのためには、自分の意見を発信する場を作ってあげて力を伸ばしていく必要があります。

 

有用な情報を探し出し、総合的に分析し、新たな価値を考え、チームで形にしていく力

情報を探し出す段階で分担(分業)することによって、チームとして活動することの意味が理解できるようになります。1人では何もできませんからね。

チームで活動すれば単純に1人の作業量は減りますし、自分の得意なことだけを担当することができるようになります。

 

ゼロからスタートできる力

子どもの頃にどれだけ勉強したって、大人になればその都度勉強しなければいけないことが出てきます。教育というのは、算数や社会の知識を暗記することを押し付けるものではありません。

本当の教育とは、分からないことに直面した時に自分で答えを探し出すことができる力を磨くことなんです。先生がいなくても学ぶことができる力を磨くためには、先生が答えを教えてばかりの教育は不必要です。

 

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教師として

また教育する側にもしっかりとした意識が必要になります。

教える側として意識すべきことを列挙します

 

教えないことで子供たちに自立を促す

答えが分からない子どもたちに、どんどん答えを教えていけばその時は効率が良いかもしれません。しかし、子供たちが大人になったとき、答えが分からないからといって周りの人達が教えてくれるわけではないですよね。

効率は悪いかもしれませんが、子供が「分からないことがある」と言ってきたときは、どうすればその答えが分かるようになるのかを一緒に考えてあげるしか方法はありません。

 

教える側が最も学ばなければいけない

これは当然です。「教える」という行為は、頭に入っている知識を人に分かりやすく伝えることであるので、まず教える側の頭の中に知識がなければ何も教えられないことは誰でも分かりますよね。

 

分かりやすく説明する

基本的に教える側と教えられる側の知識量には、歴然とした差があります。前提条件となる知識量に差があるのであれば、教える側は教えてもらう側の知識レベルに合わせた説明をする必要がありますよね。

 

座って話を聞くだけにさせない

ただ座って話を聞くだけだったのがこれまでの教育でした。

しかしこんなことを続けてはいけません。みんなが参加できるものにする必要があります。

そのためには、どうすれば生徒が参加したくなるかを徹底的に追求しなければいけません。

 

ユーモアを大切にする

僕自身、面白いことが大好きで、お笑い番組なんかも結構見ています。神戸大学に入ってから、いろいろな人のお話を伺う機会がありましたが、いつの間にか引き込まれてしまう方の共通点が見つかりました。

それが、話の途中に自虐ネタや時事ネタなどを混ぜ込むことができるユーモアでした。

 

生徒主体

授業というのは、生徒が主体的でなければ意味がありません。主役は生徒であって、教師はそれを支えるわき役です。

僕は「授業」というノルマをこなせばいいのだろうというような教師主体の授業もこれまでたくさん受けてきました。しかし当然ですが、そうした授業は全く面白くなく、生徒と教師のモチベーションはどちらも低かったですね。

 

先生が話し過ぎない

先生が話し過ぎる授業というのは、教師主体の授業ですよね。テストに出る範囲だけを永遠と話し続けるような授業は、はっきり言って時間の無駄です。

 

みんなを巻き込む

これまでの教育は、数十人の生徒の前で、1人の教師が話し続けるというものでした。こんな授業であれば、一度録画した授業を流す「予備校スタイル」の授業でいいですよね。

せっかく1つの教室に多くの生徒が集まるのだから、生徒が参加しまくる授業を行わなければいけません。

 

先生と生徒、生徒と生徒の会話を増やす

これまでの授業では、人と人との会話が生まれることはありませんでした。しかしどんな仕事をするにしても、基本的には人とのコミュニケーションが重要です。

そのため、授業内でも会話が生まれるような環境を作らなければいけません。

 

ぶつかった問題を乗り越える方法を教えなければいけない

問題に出会ったとき、乗り越える前から、その問題を乗り越えた先にある景色を見せてしまうのがこれまでの教育でした。

これからは、問題に出会ったときにどのようにしてその問題を乗り越えればいいのかを教えていかなければいけません。

 

自立した学習者を育てるという目的

問題ごとに答えを教えるのではなくて、どんな問題がきても答えを見つけることができる力を養うことが重要です。

 

行先である目標をしっかり示すことが重要

毎日なんとなく授業をして、試験直前になってやっと「○○の公式を使えるようになっておきなさい」というようでは遅いです。

どこが重要なのかが前もって分かっていれば、その点をもっと意識して授業を受けることができます。

 

誰かに助けを求めに行くことも自立に必要なこと

なんでも自分1人でやればいいというものではありません。もし誰かの助けが必要であると感じたら、すぐに助けを呼べることも重要な力です。

 

「間違ってはいけない」から、「間違いを楽しもう」へ

そもそもまだやったことがないことを失敗するのは当然ですよね。それなのになぜか、失敗することは恥ずかしいことだという文化が浸透しています。

しかし本当に恥ずかしいのは、そのように失敗することを恐れてばかりで、何にも挑戦できないことです。

 

挑戦から生まれた失敗を、失敗と捉えない環境を作る

何かに挑戦した結果として失敗しても、何も悪いことではありません。失敗したということは、今の自分にはできないことに挑戦したということの証でもあります。

失敗したことから学び、次の行動で改善するというサイクルを繰り返していけば、いずれは成功するということを教えてあげなければいけません。

 

山の頂上にある目標に向かい、頂上までのルートを生徒が主体的に選び登っていくイメージ

教師がやるべきことは、目標(ゴール)を示してあげることだけであって、そのゴールに行きつくための道のりは生徒それぞれが選択すればいいんです。

 

答えを教えたほうが効率的かもしれないが、生徒の自立を妨げる

いまの瞬間だけで見ると、生徒に答えを教えてしまったほうが間違いなく効率が良いです。しかし生徒が大人になったとき、もう教師が助けてやることはできません。

生徒が1人で学ぶことができるようにしてあげることこそが、本当の教育です。

 

実験など、実物に触れることを重視

頭のなかで想像したものと実際の現象を見比べて、「なぜそのようなギャップが生まれたのだろうか」というような質問を自然と生み出すことができます。

 

生徒の持つ知識や感覚にギャップを生じさせる

ギャップを生じさせることによって、生きていくうえで必須の『「なぜ?」を考える力』を培うことができます。

 

失敗を繰り返しながら課題解決方法を見つけ出す力をつけさせなければいけない

課題解決方法を鍛えるためには、何度失敗しても正解までたどり着いてやると思える気持ちを作ってあげなければいけません。

 

思考力・判断力・表現力を評価する試験

数学のように答えさえあっていればOKという評価方法ではなく、どのようにしてその答えまでたどり着いたのかという過程を評価する必要があります。

 

「なぜ?」を殺さない

生徒が抱える「なぜ?」を殺してはいけません。「なぜ?」を殺してしまうと、子どもたちは自分の頭で考えることを辞めてしまいます。

時には教師にもこたえられないような「なぜ?」が出てくるかもしれません。そんなときに、その「なぜ?」を殺さず、一緒に答えを探してあげられることこそが教師に求められているのです。

 

5分後に説明してね、と準備期間を設ける

どんな質問をするにしても、あえて5分間の猶予を与えます。そうすることによって、生徒は自分の頭で考えざるを得ません。

その結果、必然的に思考力は養われていくんです。

 

生徒を注意するときはまずポジティブに入り、注意した後はポジティブに終わる

「○○は良かったけど、××はダメだぞ」と言われたら、人間はどうしても注意されたことのほうが後に残ってしまいます。

生徒を注意するのであれば、「○○が良いぞ!××がこうなればもっと良いぞ!」というように、最初から最後までポジティブに伝えることが重要です。

 

どうして遅刻するのか、ではなく、どうすれば遅刻しなくなるかを考える

何度も遅刻してしまう生徒がいた時に、「なぜ何度も遅刻するんだ!」と注意することは簡単です。しかしそのような注意を受けても生徒自身は変わることができません。

このような場合は、「なぜ遅刻するのか」ではなく「どうすれば遅刻しなくなるか」を一緒に考えてあげることが重要です。

 

今後のあるべき教育の姿についてもっと詳しく知りたい方は、以下の本を読んでみて下さい。かなり面白いです。教育関係者や子どもをもつ親などは読んでおく必要がある1冊です。

 

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